外務省がイラクで拘束された3人に請求している金額198万円。
公の場で政治家が個人攻撃をしていることといい、政治主導のいじめ。
本当に人の器の小ささを感じる。
もともと日本はマイノリティが住みにくい国だ。
単一民族ではない国家なのに「単一民族」などと言い切る政治家もいる。
アイヌは、もうすでに日本に愛想をつかして海外を向いて海外への文化発信をしている。
この国から良いものがどんどん流出していくような気がしてならない。
50年後の日本を想像・創造するイマジネーションの欠如。
4月は仕事を少し減らし、少しペースを落とした。
中旬に、有名な秘湯の一軒宿「法師温泉長寿館」に泊りがけで行くことになっていたので
とても楽しみにしていたところ、突如我が家の3匹の猫のうち、10年目の最も大きく強い2番目のオス猫が
具合を崩した。
僕が地方から帰ってきたときには、もうぐったりしている。「何か悪いもの食ったんだ。ほっとけば治る」とは親。
もう、二日もこの状態らしい。
元気だった猫のあまりの変貌振りに、翌朝一番に近所の動物病院へつれていった。
「結石だね」と症状を聞いた医師がいい、すぐに膀胱に溜まったおしっこを抜いた。
「多分大丈夫だと思うよ」といわれ、胸をなでおろしてかえったが、その夜もいっかな症状が改善しない。
インターネットでホームページを持っており、内容がしっかりしており、獣医師会の名簿にある
獣医をさがし、翌朝そこへ連れて行った。
すぐさまレントゲンがとられた。
「おしっこが溜まりすぎて急性腎不全を起こしています。もう、あと少し遅れていたら確実に死ぬところでしたよ」
といわれ、とてもショックを受けた。
猫は緊急入院をした。
「ほうっておけばいい」など無責任なことを言っていた親も、ちょっとしょげたらしい。
翌日の面会についてきた。
その後、仕事のやりくりをつけて面会に行ったり、いけない日は電話して状況を聞いていたが、
めでたく数日で退院となった。
見違えるように元気だ。でも、もう食事は療法食のみ。外に出したらご近所さんで食べ物を
いただいてしまうので外にも出せない。
猫を訪問させておいて、かわいがってくれる人に「何も食べさせるな」ともいえない。
何よりも外で遊ぶことと食べることが好きだった猫だけに、不憫だ。
それでも、一度預かった命、ちゃんと面倒を見たい。
外になれた猫を家猫にするのは非常に困難だ。
猫の順応というだけではない。「いまさら狭いところに閉じ込めてしまう」ことへの
葛藤がある。
小さな窓を開けて脱走しようとする猫をしつけるため、
色々と調べてケージを購入してきた。
親が嫌そうにするので、ケージはエアコンのない自分の部屋に置いた。
ケージでしきりに鳴く猫を見て「部屋に出たがってるんだよ、だしてやれば」
「自分がこの猫なら死にたいと思うな」
とは親。まったく…。
それからの定期検診も2回うけ、ともに結石も腎臓も問題はなかった。
…しかし。おしっこが出ない。自分で出せないようだ。何度も何度もトイレに行っては苦しそうにしている。
夜中にケージのトイレで苦しそうにうなる猫を、起きては観察した。
猫は、成長すると年に4歳年をとる。
単純に考えて、一日放置すれば4日放置したようなものだ。
何かがあれば、すぐに病院へ連れて行ってやらないといけない。
でも、自分もちょっと寝不足で疲れてきた。
人だろうとペットだろうと、介護は家族の協力が必要だと感じた。
それは、肉体的にも、精神的にも。
再び病院へ連れて行き、血液、尿、レントゲン、エコーなどを受けさせる。
数値に問題がない。原因が不明だ。
担当の医者はその都度、今後の選択肢を示してくれる。相談しながら、
また愛猫はより詳しい検査のため入院することになった。
今も入院中で、とても心配している。
この件では、色々と勉強できる要素が多い。
飼い主としての対応、医者としての対応、ペットをかうこととは?
4月に株で小銭を稼いでいたので、金銭的には心配がなかったが、
もし状況が違っていたら、この費用の捻出も大問題だったろう。
お金に代えられない価値だとわかっていても、現実的にお金はついてくる。
きっとそういう葛藤を抱いている難病のペット飼育者もいるのだろう。
以前、知り合いに「飼い猫を子供のようにおもう」といったら、
小さな子の親である知り合いは「猫と人の子供を一緒にされたらたまんない」といわれた。
「子供ができればわかるよ」と。
いまだにその考え方を理解できない。
ペットを飼うことはそんなに無責任が許されるのだろうか。
ただでさえ彼らは人間社会に順応することを強要されて生きているのに。
法師温泉のことがすっかりかけなくなってしまった(汗
長寿館でのすばらしい体験についてはまた後日
イラクで拘束されている3人が連日世間をにぎわせている。
心労の家族には、暖かい声援だけではなく心無い言葉や誹謗中傷が投げかけられている。
インターネットのイロイロな掲示板でも、この件は話題になっているが、
はっきり言って読んでいて嫌悪感がするぐらい、3人と家族が責められている。
国境に疎い島国、護送船団体質。痛みをわかることをしらないデジタル世界と想像力の欠如。
自分は3人はとても行動力があると思うし、勇気があると思う。
それが、国境や民族以前の「ひと」としての行動であるから、
彼らの行動は尊いものだと思う。
(そもそも、世界を変えてしまったあの不条理な戦争の結果であることを忘れてはならない)
日本は今、非常に大きな転換期にある。
この転換は、自分の子や孫、子孫のためになる転換なのか?
50年後の日本を想像したとき、どのような社会、どのような生活、どのような政治があるのか?
どのようにしていなければならないのか?
国がどうの、利権がどうの言う前に、私たちは「ひと」だ。
自然の一部、しかもとても弱い存在だ。
今の世の中、このことを忘れて科学や合理性、「1」か「ゼロ」しかない二元論ばかりが
行き過ぎている。
自然を甘く見た傲慢さを感じる。
自分は国境を越えることはないが、やはりこの社会に疑問を感じ、そしてこの仕事を通して
少しでも自分がよいと信じる社会に貢献できるようにしている。
それは、現場に行って自分の目で見て、人として接すること。
どんなに理論や勉強ができたって、現場を知らず、痛みや笑顔を共有できる人の心を
忘れていれば、機械的なとても貧しい人間になってしまうと思うから。
知識や理論を吐き出して相手が正か誤かを判断するだけなら、コンピュータに任せればよい。
とにもかくにも、不運な人間味ある3人の無事帰還を祈っている。
3月30日は中小企業大学校東京校のインターネット研修でお世話になった同い年の職員さんの送別会。いつものコトながら、しこたま飲んでしまった。スバル派の彼とは、車談義によく花が咲いたものだが、その話もできなくなると思うとさびしいものだ
へべれけに酔っ払って帰ったのは午前様。しかし、翌朝6時30分には家をでて、山形へ向かった。川村先生のお手伝いで、ゼミ旅行の下準備のためである。旅行で見学する、羽前山辺にあるショッピングセンターベルに段取りに向かうのだ。
新幹線つばめに乗って約3時間で山形県に着く。遠いなあ、やっぱり車で来たほうが走り甲斐がありそうだ(感覚がどこかずれている)。道路には雪は無いが、蔵王はまだすっぽりと雪に覆われている。大きな山だ。歌に歌われるだけある。雄大な山は昔から信仰の対象になったが、その理由もわかる気がする。
ディーゼルの左沢線(よめるかな?あてらざわせんですよ)にのって山形駅から約15分で羽前山辺に着いた。小さなローカル駅から歩いて3分ほどで、ショッピングセンターベルがある。
理事長さんと事務局長さんとお会いする。川村先生は何度か来られているので、緊張した雰囲気も無く和やかに話すことができた。山形なまりは聞き取るのは正直難しいが、だからこそ温かみを感じる。
それにしても、自動車で20分圏内に大きな商業集積や大型店があり、地場産業が沈滞している今、商業環境は厳しいのにもう15年も続いた、地域に根ざしたショッピングセンター。紆余曲折は色々あるようだが、続けられていくことはすごいと思う。
この日は日帰りなので、とんぼ返りで東京に戻った。帰りの新幹線はさすがに寝疲れてしまい、寝るのにも飽きた。たまには本を読んでみた。「商業界」。え?本当は逆だって?やはりそうか。。。
8月に商業の机上実習の指導員の仕事が来た。素直にうれしい。役に立てるよう、努力しよう!