ナンバーワンよりオンリーワン
個の時代だというが、
実際には策ばかりで本当に個が考えられてはいない。
自分のことばかり考えていることが個性だ、なんてことはありえないのと同様に、
まちづくりもビジネスも政治も、学校の教室でもどこでも
自分の個をひたすら売り込む策ばかり考えずに
相手個々の心理や行動に焦点を当てていくことが肝要だ。
現代人は想像力が弱い。
自分の個ばかりを考え、実現を願っていても、
相手のことに思いはせられなければそれは実現することはない。
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冒頭の言葉。
ナンバーワンよりオンリーワン。
既存のカテゴリーでナンバーワンになろうとするな、
自分だけのカテゴリーを作れということ。
自分だけのカテゴリーであれば、当然自分はナンバーワンでなくてはならない。
オンリーワンであることは
決してナンバーワンを放棄することではない。
今回の参議院選挙はいまだかつてないぐらい重要な意味を持つ。
年金問題。
社会問題。
自衛隊の問題。などなど。
私たちは単に議員を決めるというのではなく、
このような重要な問題にも、投票をとおして意思表示の権利を行使する必要がある。
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議会を無視して憲法違反の決め事をする首相の存在。
とあるテレビで与党の議員が言っていた。
「いちいち法律ができるのを待っていたら間に合わないこともある」
およそ法治国家の政治家だとは思えない。
日本の進行方向が変だ。
自分が今の仕事を選ぶにはいくつかの岐路があった。
その中で「沖縄」はとても大きいキーワードである。
美しい島、沖縄。
最果てが見えるその島々は、歴史的にも、文化的にも非常に豊かで、
そして多くの現代社会の問題を抱えている。
6月23日。
第二次世界大戦で、地上戦が行われた沖縄で組織的な日本軍の抵抗が終わった日。
(厳密には、終戦後も抵抗は続いていた)
当時の沖縄の人口は約45万人。
沖縄県民の戦没者数、約15万人。
攻めてきた米軍、60万以上。
守備する日本軍は10万。
14歳から70代までの県民が戦争に狩り出された。
沖縄県民は「鉄の暴風」と呼ばれる熾烈な砲爆撃にさらされた。
県民一人当たり、何発分もの砲弾が降り注いだ。
ガマと呼ばれる自然壕に逃げていた住民、女性、老人は
日本軍に追い出され、赤ん坊を奪われ、時に赤ん坊を母親に殺させた。
米軍の収容所では、米兵による虐待、そして日本軍敗残兵による襲撃が行われ、
住民は斃れていった。
3人にひとりの住人が死んだのだ。
日本人口130,000,000人とすれば、43,333,334人が死ぬことになる。
そして終戦後、沖縄はあっさりと米国に「差し出され」た。
あまりに悲劇である。
悲劇過ぎて、この経験を語ろうとする老人は少ない。
心の奥底、深く深く扉を閉ざしている。
一方、現代の日本人はこの手の話にアレルギーを持っているように思う。
本当に、そんな場合ではない。100年後の日本を考えよう。
自分の子孫はどんな社会に住んでいるか、すませてあげないといけないのか。
選挙に投票しないこと、表現しないこと。
どんなに社会に問題意識を持っていても、
それを表現しなければ「暗黙の合意」でしかない。
「暗黙の合意」は、本来自分たちが大切にしているはずの「自由」を
いつしか失わせていくことを忘れてはならない。
僕たちは、いま、何を考えるべきだろう?
最近、パソコンに毎日ほぼ決まった時間にウィルスが送られてくる。
しかも、2通まとめて。さらには携帯にまで。
おそらく、出所はほぼ1台か2台のパソコンであるということはわかるが、
差出人が偽装されていて本当の差出人がわからない。
2,3年前のものと違って、本当の差出人がプロパティ部分に表示されていない。
たいていはひとつのメールにひとつのウィルスだが、
今日は違った。
ウィルスチェックソフトが警告を発する。
「この受信メールにひとつのウィルスを発見しました…」 自動で削除。
「この受信メールにふたつのウィルスを発見しました…」 自動で削除。やれやれ。
ん?またきたぞ?
「この受信メールに三つのウィルスを発見しました!」ここまでくると、
ワクチンソフトもうれしそうにレポートしてくる。

■■■■■中小企業のセキュリティの現状■■■■■
先日、ネットショップを構築に行った企業も、ワクチンソフトの設定がされていなかった。
ネットショップでセキュリティ未対応は致命的であるので、
すぐにその場でワクチンソフトをダウンロード購入しセキュリティを構築。
メーラーとして使われていたアウトルックエクスプレスも、「プレビュー」がonになっていたので
offにした。
幸い、チェックをかけたところ感染ファイルは発見されなかった。
このような企業は少なくない。
作業中にウィルスが発見されるケースだってあった。
IT導入が進んでいる現在、セキュリティは決して避けて通れない。
アレルギーを起こしている場合ではないのである。
万が一のことが起きたとき、アレルギーを起こして惜しんでいた手間やコストとは
比べ物にならないぐらいの信用を失う。
セキュリティへの取り組みもまた、重要な企業倫理への取り組みなのだ。
三菱自動車を「(欠陥車以前に)企業体質がまず欠陥」と書いた新聞(熊本日日新聞)もあったが、
本当のセキュリティはまず意識のもちかたの問題にもある。
■■■■■最後に■■■■■
自分のパソコンは、windowsXP。
インターネットエクスプローラのセキュリティは、「中−高」だが、ウィルスやスパイツールを仕込まれやすい
java script やActiveXは、自分の了解なしには動かせないようにカスタマイズしてある。
相手方に情報を一時的に流すcookieもしかり。
≪IEのセキュリティ YAHOO!JAPAN検索結果≫
また、ノートンのシステムワークスでウィルスチェックを常にかけ、
ウィルス定義ファイルは更新版を随時自動的にダウンロード、
週に一度、完全なシステムチェックを起動するように設定している。
そのほか、フリーツールの「spybot」を用いてスパイツールを常時監視しており、
セキュリティに取り組んでいる。
≪SPYBOT YAHOO!JAPAN検索結果≫
しかし、これでもウィルスに感染することがある!
今年はじめに蔓延した、「sassar」なる18歳ドイツ人青年が作ったウィルスは、
ADSLなど常時接続のパソコンの未知のセキュリティの穴を手当たりしだいに攻撃し、
動作を不安定にさせたりデータをスパイする。
あまりにも過敏になる必要はないが、最低限のセキュリティと、
感染時の対応は、少なくとも覚える必要がある。
最低限のセキュリティとは、ワクチンソフト、インターネットブラウザの設定
(IEであれば「中−高」)、定期的なシステムチェック、ウィルス定義ファイルの毎日更新、
そして変なサイトを閲覧しない、掲示板に書いてあるURLをむやみにクリックしない
「君子あやうきに近寄らず」である。
くれぐれも自分がウィルスの媒介者とならぬよう気をつけねばならない。
ちなみに、ウィルスに感染している疑いのあるときは、
とにかくインターネットに接続しているケーブルを物理的に引き抜くこと!
そして急いでワクチンソフトを購入し、ウィルスチェックをかける。
最新のウィルスであれば一時的にネットに接続し、最新のウィルス定義ファイルを
ソフトメーカーのHPよりダウンロードしてきて再度ネットから物理的に切断し、
修復をする必要がある。
XPでは「システムの復元」で感染前にも戻せるが、それはあくまで対処療法で
今後のセキュリティにはつながらないので注意が必要である!
最後に、
僕のアドレスでウィルスが送られている皆さん、
僕は絶対に感染していませんから、僕を不審に思わないでください(T-T)
ITコンサルタントがウィルスばら撒いていたなんてことになったら、商売上がったりです。
日本大好き、さすらい大好き(といいながら実はインドア派)な自分。
週末に鎌倉へ行ってきた。
明月院レポート
http://www002.upp.so-net.ne.jp/be-active/mati200406.htm
鎌倉町歩き
http://www002.upp.so-net.ne.jp/be-active/mati2004061.htm
翌日は中華街へ
http://www002.upp.so-net.ne.jp/be-active/mati2004062.htm
さらに東京の下町、谷中商店街を歩いた
http://www002.upp.so-net.ne.jp/be-active/mati2004063.htm
今回の町歩きでは、いくつかの楽しいお店も発見できたが、いずれもノスタルジックな
時の移ろいを感じさせる店だった。
それは、鎌倉とか谷中が、そもそも時の移ろいとか、歴史を積み上げてきた地域だからこそ
魅力的なお店だったと思う。
どんなにそれらがいいお店だとしても、たとえば秋葉原にあったとしたら、
なんだか魅力も半減だ。
やはり、街にはそれぞれの使命があるように、店にもふさわしい居場所がある。
その立地を見誤ってはいけない、そう思った。
最近、東京は名古屋ブーム。
名古屋へ行ってもなかなかすんなり入れないほど並んでいる矢場町のとんかつや「矢場とん」
や手羽先のチェーン店「世界の山ちゃん」、あんかけスパや質屋のコメ兵が続々と
東京にやってきた。
東京にいれば、なんでもどこのものも食べることができる。
これは便利だ。
とても不幸だ。
そう思う。
これは、お客としての自分にも、お店にも。
自分は古きよき大須商店街のそばにある矢場とんの雰囲気が好きだし、
この地からお城のように発展したコメ兵は大須であってこそという気もする。
もちろん、いわゆる「戦略」や「数字」的なビジネス的には、
チャンスがあるのだから拡大路線になるのかもしれない。
でも、そのことで本来その企業やお店が持っていた価値を、実は失っているのではないか、
そう考えてしまう。
砂浜で美しく思える貝殻や旅先の川原で拾った石も、持ち帰って違う場所で見れば
その美しさがどこかへ行ってしまうことがある。
そこにあるからこそ美しい。それは、そのものがその場所で使命を果たしていたから。
必要とされていたから。
地域の役割、企業やお店の役割。
安易に放棄してはいけない。捨てることは簡単でも、得ることはとても難しい。